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法律上は廃止されたはずの「家制度」

日本国憲法と改正民法によって、法律上は廃止されたはずの「家制度」。それが意識の中では戦後になっても中途半端に残ったのはなぜだったのか。私は三つほど理由があったように思う。第一に、家制度を存続させる環境が(もしかしたら戦前以上に)整ってしまったこと。戦後、近代家族をつくったのは、一九二〇〜三〇年代生まれの人たちだ。先ほども述べたように、この世代はきょうだいの数が多いのである。彼らは、たくさん生まれてみな育つ「多産少死」の時代の落とし子である。きょうだいが多ければ、男子が生まれる確率も高いから、必然的に「長男が家を継ぐ」ことも可能になる。社会学者の落合恵美子は、六〇年代には親を安心して任せられる「田舎の兄さん」がいたから、他のきょうだいはキッパリ親と別居できたのだと述べている(『21世紀家族へ(第三版)』)。しかも、この人たちは高度成長の波にのって、ある程度の財を築くことができた。会社、店、家屋敷、そして墓。継ぐ人がいて、継がせる財があれば、戦前から培われてきた「家意識」は捨てにくい。二番目は「夫は外、妻は家」という夫婦の分業体制だ。日本の場合は、夫はサラリーマン、妻は専業主婦という近代家族のあり方そのものが「家意識」の温床となったのではないか。夫ひとりで家族を養う、その形態は夫に家長意識を芽生えさせ、妻に良妻賢母意識を芽生えさせる。「女の幸せは結婚」といわれ、われもわれもと女性が家庭に入っていったのは、戦後になってからである(戦前にそんなことができたのは一部の中産階級で、既婚女性の多くが生産労働についていた)。社会生活をおくっているのが夫ひとりとなれば、いやでも夫婦は主従関係に近づく。「うちの主人が……」という言い方は、呼称の問題だけではなく、近代家族の実態にも近かったのではないか。三番目に、こうした夫婦関係を、中途半端に残った制度が補完した。

あずきがゆの風習に基づく作り方

一月一五日は、小正月のほかに、あずきがゆを食べる風習が残っている地方もある。これは中国から伝わった風習に基づく行事で、この日に、かゆにあずきと餅を加えたあずきがゆを天狗に供え、そのかゆを食べると邪気払いになり、病気にかからないという。作り方は、あずきを煮ておき、ごはんを入れておかゆを作り、煮立ったところで餅を入れる。本当は、ごはんでなくもち米でおかゆをつくるのが正式だが、もち米よりごはんを使ったほうが、あっさりしておいしい。ただし、地方によっては、正式にもち米を使い、あずきをたくさん入れ、砂糖を加えて甘く味つけする作り方が、伝統として残されているところもある。これからもこのような伝統を伝えていきたいですね。

正しい食事終了サインはどれ?

食事が終わったら、カトラリー(ナイフとフォーク)を揃えてまっすぐに置く。イギリス式の正統派ロイヤルスタイルでは、揃えたカトラリーはお皿の中央に。右下に置くのはフランス式。日本では、手前から奥にスープをスプーンですくうやり方だけはイギリス式で、あとはフランス式のテーブルマナーというように混在している。これを機にイギリス式で統一して覚えてみてはいかがだろうか。また、食事の途中であることを示すサインとして、八の字形にテーブルからお皿にナイフとフォークをひっかけるように置いている人がいるが、これは滑って落ちやすく、ガチャンと音が出たりテーブルクロスを汚したりする。正式には×の字になるように置く。ややお皿の上方で、フォークの背は上に、ナイフがそのトンネルの下をくぐるような形で交差させる。食事終了のサイン。